ミネルヴァのフクロウの意味は?

ミネルヴァのフクロウとは、正確には「ミネルヴァのフクロウは迫りくる黄昏に飛び立つ」という言葉です。

ヘーゲルの「法の哲学」の序文の末尾にあり、ちょっと堅苦しそうですので、わかりやすく説いていきます。

まず、ミネルヴァは、ローマ神話の一人で、知恵や叡智(えいち)、洞察力の女神です。
ギリシャ神話では、アテナ(エ)に相当します。

そのミネルヴァの肩に、知性・英知の象徴としてフクロウが止まっています。

女神ミネルヴァが知性の擬人化であり、 フクロウは、そのシンボルになります。

ご存知のようにフクロウは夜行性です。
一般的に人が活動しているお昼は目を閉じて睡眠中。

夕暮れ時から夜に差しかかって行動をし、闇夜に羽ばたいていきます。

知恵や英知のみならず、思考力や洞察力の象徴であるフクロウ。

その習性から、1日の生活のように活動期を終えます。
疲れや衰えが見え始めた後退期になったときに、やっと知恵や洞察力を手に入れるものだという意味があります。

つまり、ものごとを体系的、総合的に認識できるようになるには、それが十分に育ち発展し登りつめ、下り坂へと向かい始める、その局面であるというのです。

その時には、内部が体系的に理解できているだけでなく、外部からも観察・分析できるまでに熟知しているというのです。

まあ、それとともに人としての成長・成熟もあるのですが、肉体的にも下り坂に来ているという悲しい皮肉も込められているかもしれません。

本来の意味としては、活動期が終わってその晩年期に、哲学が形成される。

つまり「フクロウが黄昏に飛び立つ」とは、活動が成熟しきった後退期になってまとめられる。
後からやっと概念を取りまとめて何とか形にしていく、そんな感じだと思います。

今、絶対的に自信がある考えは、未来的にはどう変化・発展していくかは、誰もわかりません。

おごり高ぶることなく、謙虚に邁進してまいりましょ。

お時間のある方はこちら↓の動画もどうぞ。

「武田邦彦 おごりは、『ミネルヴァのフクロウ』に問いただせ!」

(編集後記)
少しこのブログとは分野が違いますが、知っておいても損はない哲学だなと思って、あえてここに加えました。

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